01:終点で君と出会う(1)
馬車はがたごとと揺れながら行く。
窓には金属の覆いがかけられていて、外の様子を窺うことはできない。今どこにいるのか、どのような道を通っているのか、何一つわからないまま、揺られるがままになっている。
車輪が小石を蹴ったのか、少しばかり大きく揺れた時、金属の触れ合う音が一際強く耳に響いた。そういえば、手枷と足枷から伸びる鎖の音にも随分慣れてしまった。姿勢を変えることもままならない窮屈さも、こうなる以前から似たようなものだったと思えばどうということもなかった。
そうだ、さしたる違いはない。私の立っている位置が、少しだけ変わったくらいで。
いつもの癖でこれから先のことを考えようとするけれど、もはや帰る場所も行くべき場所もないのだ。私に「先」など無いのだと、思い至る。
やがて、馬車の揺れる音に、屋根を叩く音と濡れた地面を走る音が混ざり始める。徐々に目的地に近づき始めているのだと気づいたけれど、そこに何の感慨も浮かぶことはなかった。
「もうすぐ到着だ」
重々しい声が響く。私は焦点の合わない目を上げて、けれどそれ以上何ができるわけでもないから、ただ瞼を伏せる。
この道の先にあるものは、私にとっての「終点」。
それは、雨に閉ざされた塔の形をしている。
今となっては遠い記憶を思い出していた。
馬車に揺られていた記憶。ここに辿り着くまでの、最後の記憶だ。
それがいつのことであったかは定かではない。遥かな昔であったようにも思えるし、遠いと感じていながら、実はつい先日のことであったかもしれない。何しろ日付を数えるのをやめてしまって久しい。確かめようと思えば確かめられるのだろうが、何となくその気にもならなくて、ただ、ただ、横になったまま、ぼんやりと雨の音を聞いている。
――『|雨の塔《レイニータワー》』。
その呼び名の通り、今日も遥かな高みに穿たれたちいさな窓は、鈍色の雨模様を映している。
少しばかり視線を動かせば、すっかり見慣れてしまった石壁と、それから本来壁であるべき一面に嵌め込まれた鉄格子。その向こうからは、直立不動の刑務官が鋭い視線をこちらに向けている。
「……飽きないのかい?」
問いかけてみるけれど、未だ名も知らない刑務官は答えないどころか微動だにしない。この独房に来た当時から何度も試してみているのだけれど、私が語りかけても刑務官たちが答えを返してくれたことはない。おそらく、話すことを禁じられているのだろう。全く、よく調教されているものだと思う。
このどうしようもない静寂にも、いつしか慣れきってしまっていた。絶えることのない雨の音、じっとりとした重苦しい空気、めったに開くことのない鉄の扉。その全てが当たり前になった今、私はぐるぐると終わりのない思索を続けている。
このまま、まどろみのままに雨に溶けることができたら幾分気が楽なのだが、その一方で私はまだ溶けて消えるわけにはいかない。それだけの理由がある。
せめて、少しくらいは体を動かしておいた方がいいだろう、と身を起こしたその時、不意に監視役の刑務官が私から意識を外したのがわかった。そちらに視線をやれば、別の刑務官が扉の前にやってきて、珍しく口を開いたのだった。
「面会だ」
「……面会?」
聞き返しても答えは帰ってこなかった。そこだけはいつもの通りだった。