006:行く先
ラビットとトワを乗せた車は荒野を走っていた。あちこちにひびが入ったアスファルトの道が荒野の真中に細い線となって続いていた。
「どこに行きたい?」
ラビットが前を見たまま言った。トワは少し考えてから、答える。
「まだ、よくわからない。でも、ここから東に行きたい」
「東? 何故」
「……わからないけど、そっちに呼ばれてる気がする」
「そうか」
ラビットはそれきり黙って車を運転していた。トワもしばらくは黙って窓の外に広がる果てしない荒野を見つめていたが、再び口を開いた。
「ラビットは」
「何だ」
「ラビットはどうしてわたしと一緒にいてくれるの?」
「貴女が一緒に行きたいと言ったからだろう」
「でも」
「私に断る理由もない。ただ、それだけだ」
トワは納得がいかないといった表情でラビットを見た。ラビットはサングラスの下の瞳でちらりとトワを見やったが、すぐに道に目を戻して言う。
「それなら、私からも質問させてもらっていいか」
「何?」
「……何故、私なんだ?」
「どういうこと?」
「他にも貴女と一緒に行ける人間はいるだろう。だが、何故私なんだ?」
トワの大きな目が、ラビットを見た。
「ラビットは、わたしを守ってくれた」
「それだけか?」
「うん」
「私が貴女を途中で見捨てることだってあるかもしれん。普通ならば軍に命を狙われてまで貴女を守りきろうとまでは考えないし、私だってそうなのかもしれない……それでも私のことを信じられるのか?」
「見捨てたりしないよ」
「何故そう言いきれる?」
「……わからない。だけどわたしはラビットを信じる」
ラビットはその言葉を聞いて、目の上に手を当てた。そして、微かに目を細め、口端を歪めて言う。
「全く、思い込みの激しいお姫様だ」
「わたし、お姫様じゃないよ」
トワはそう言って少し不満げな顔をする。
「何、ただの喩えだ。だが貴女は私のことを美化しすぎてやいないか? 私は、自分が大切にしているものを守れるほど強くはないし、その自信もない……」
ラビットはそう言いながら、一瞬目をトワに向けた。トワはさっきから変わらず真っ直ぐにラビットを見ていた。真っ直ぐ見つめられるのに慣れていないラビットは、すぐにまた道に目を戻してしまう。
再び、車の中に沈黙が訪れた。車のエンジンが立てる軽い音と拡声器から流れてくるピアノの音が妙に遠く聞こえる。
「わたし、『白』を探しているの」
トワが、急に言った。ラビットは驚き、自分の耳が捉えた言葉を改めて確認するようにトワを見る。
「何だ、いきなり」
「『白』を探しに来たの」
「しろ?」
「ラビットは『無限色彩』って知ってる?」
「いや、知らないな」
放たれたラビットの言葉が嘘であることに、トワは気付いていなかった。
「不思議な力を持っている人のことを、無限色彩保持者っていうの。それで、その人の持ってる能力を無限色彩っていうの」
「超能力者とは違うのか?」
「違うの。超能力と似てるけど……無限色彩は、超能力よりも大きくて、強い力」
トワは、そこで一回言葉を切った。ラビットは話の続きを待つように、黙ってアスファルトの道を見ていた。
「あと、無限色彩を持っている人は、身体に『ジュエル』がついているの」
「ジュエル?」
「うん。色のついた宝石みたいなもの。そのジュエルの色によってその人の無限色彩の強さが決まるの。『青』が一番強くて、『赤』が一番弱い」
「……『白』は?」
「二番目に強い。でも、わたしが探している『白』は、『青』と同じくらい強いんだって」
「その『白』がどこにいるかはわからないのか? どんな特徴を持っているか、とか……」
「わたしは知らないの。白いジュエルを持っていることと、この星にいることくらいしかわからない。だから……この星を見て回りながら、『白』を見つけようと思ったの」
そう言って、トワはラビットから、車の外の空に目をやった。果てしなく続く荒野、それに白い雲に覆われた空が広がっていた。絶えず流れているピアノの乾いた音色が、妙にその光景とよく合っている。
「トワ、貴女も、無限色彩とやらを持っているのか?」
ラビットの言葉に、しかしトワは答えなかった。
「その『白』は、この星を美しいって言ってたんだって」
「……美しい? この星が?」
「だから、わたしもそれを確かめたかったの。それが、もう一つの目的」
「この星が美しいと思うとは、どれだけ妙な感性の持ち主なのかが伺えるな」
「そんなことないよ。だってラビットも、そう思っているんでしょう?」
「何故そう思う?」
「……だって、ラビットもこの星にいるから」
ラビットは、トワの言葉に絶句し、戸惑った。トワはそんなラビットに気付いたのか気付かなかったのか、窓の外を見ながら、言った。
「……町だ」
ラビットもそれに気付き、そちらに目をやる。トワの興味が他に移ったのに少なからず安堵しながら。
荒野の真ん中の道を取り囲むようにして小さな家々が立ち並んでいるのが見えた。
「行くか?」
「うん」
白い雲の切れ目から、青い星が覗いていた。
破壊を呼ぶ、青い星が――