チョコレートクッキー
「……これ、何?」
「チョコレート、クッキー……?」
答えたナツの言葉にも疑問符がついていたから、目の前にあるものがクッキーに見えないことは自覚しているのだろう。自覚は大事なことだとアキはしみじみ思う。
とはいえ、皿一杯に積みあがったそれを、どうすべきか。アキは、思わず腕組みをして考え込んでしまった。
そこにあったのは、ちいさく薄い円盤状をした、漆黒の物体だった。確かに形だけならクッキーに見えるかもしれない。明らかに食べ物にあるまじき焦げ臭さを漂わせているが。
「ご、ごめんね。材料、無駄にしちゃった」
「それは構わないよ、菓子作りには失敗がつきものだし。でも、ここまで焦がすのもすごいな……」
うう、とナツが肩を落とす。そんなナツに、どういう言葉をかけるべきかとアキは微かに眉を寄せる羽目になる。
実のところ、ナツが菓子作りを失敗するのは、これが一回目ではない。アキが仕事に行っている間にキッチンに立って、菓子作りに挑戦するのはいいのだが、毎回毎回、アキの理解を超えた物体が誕生するのだ。
ちなみに、以前「プリン」だと言っていたものは、やっぱり黒かった。黒くてぷるぷるしていた。それでもナツが作ってくれたものだから、と言って一口は食べたのだが、墨汁みたいな味がしたことだけしか覚えていない。それ以上のことは、多分、頭が覚えていることを拒否したのだろう。
「どうして、アキさんみたいにうまくいかないんだろうなあ」
「俺だって、最初からうまく作れたわけじゃないって。自分の好きな味を作れるようになるまで、散々失敗を重ねたもんだよ」
流石に、ここまでの失敗はしたことないけれど。
その言葉は、喉の奥の方に飲み込んだままにしておく。
ナツは、食べられたものではないクッキーを一つ摘み上げて、指で擦りながらしゅんとする。
「アキさんに、いつも作ってもらってばかりだから。たまには、お礼をしたいな、って思ったんだけど……。迷惑、かけてばかりだね。ごめんなさい」
「迷惑なんてことないよ。それに、お礼なんていらないよ。ナツは、いつも俺にご飯とお味噌汁作ってくれるでしょ」
「わたし、ご飯とお味噌汁しか作れないし」
「それで十分だよ。ナツが、俺のために作ってくれて、俺と一緒に食べてくれるってだけで、何より嬉しいんだから」
「そう、なの?」
「そうなの」
その瞬間、ナツがぱっと笑顔になった。そうだ、その笑顔さえあれば、他には何もいらない。どんなに甘くておいしい菓子よりも、ナツの笑顔が一番の幸せなのだから。
ただ、今日ばかりはその笑顔も長続きはせず。ナツは、皿の上のクッキーを睨んで、ぽつりと言った。
「で、このクッキーはどうしよっか」
「どうしようねえ」