フルーツゼリー
「アキさん、雨降ってきたよ」
「あら。洗濯物は大丈夫?」
「うん、今取り込んだからだいじょーぶ」
「ならよかった」
アキは、読みかけの文庫本を手に、ごろりと床の上で寝返りを打った。窓の外から聞こえてくる雨の音が、心地よく耳に響く。
こういう日は、好きな本でも読みながら、一日家でごろごろしているに限る。忙しい時には、昼も夜も、時に休日もなく駆け回っていることもあるのだから、たまにはこういう、「なんでもない日」もあっていいと思う。
ナツも、透明なカップを片手に、寝転ぶアキの横に座る。カップの中身は、アキ特製のフルーツゼリーだ。淡く黄色みがかったゼリーの中に、色とりどりの季節の果物が浮かんでいる。
文庫本から目を上げて、ゼリーを食べるナツを見つめる。銀色のスプーンを咥えるナツは、嬉しそうに目を細めてゼリーを味わっていた。自分で作ったものをおいしそうに食べてもらえるのは、とても、幸せなことだと思う。
それから、つい、誘惑に耐え切れなくなって、ナツに声をかける。
「一口ちょうだい」
「うん、いいよ」
そもそもアキが菓子を作るのは、ナツに食べてもらう以前に「自分で食べたい」からだ。軽く味見はしたが、そんなにおいしそうに食べられると、自分だって食べたくなる。
スプーンの上に、ゼリーに包まれた真っ赤なさくらんぼをのせて。ナツは、「あーん」と言って仰向けになったアキの口元にスプーンを持っていく。アキは、少しだけ顔を出して、ゼリーを口に含む。甘く、微かに爽やかな酸味のあるゼリーに、さくらんぼがよく合っている。我ながら、なかなかにおいしく作れたと思う。
さくらんぼを咀嚼しながら冷蔵庫の中に並ぶゼリーを思い返し、あと何日この味を楽しめるか、と考えていたその時。
突然、カップとスプーンを置いたナツが、片手を伸ばしてアキの髪をわしゃわしゃと弄り始めたものだから、「わっ」と変な声を上げてしまう。ナツはおかしそうに笑いながら、くしゃりと軽くアキの髪を掴む。
「アキさん、すごく髪の毛くるくるしてるよ」
元々、アキの髪はかなり癖が強い。そして、湿気のある日はその癖が酷く出てしまう。自分で自分の頭を見ることはできないから、一体どのくらいくるくる巻いてしまっているのかわからないが、きっと、相当酷いことになっているのだろう。
とはいえ。
「雨の日は仕方ないよ。今日は一日外に出ないからいいでしょ」
「そうだね。それに、髪の毛くるくるしてるアキさんもかわいいよ」
「……かっこいい、ならもっと嬉しいんだけどな」
「むー、でもアキさん、どちらかというとかわいい系だと思うの」
「えー」
言いながら、文庫本を横において、ナツの体を引き寄せる。ナツは「わっ」と、先ほどのアキと同じような声を上げて、アキの体の上に倒れこんだ。
その、ちいさくあたたかな体を抱きしめて、アキはくつくつと笑う。
「まあ、ナツに気に入ってもらえるなら、かわいい系でもいいかな」
「もう、アキさんってば」
一瞬頬を膨らませてみせたナツは、すぐに目を細めて微笑み、アキのあちこちに跳ねてしまう髪に、もう一度優しく指を通した。アキもそれに応えるように、ナツの髪に触れる。ナツの栗色の髪は、すべらかで、微かにしっとりと濡れたような感触がした。
雨音が、二人のささやき以外の、他のすべての音を消し去っていた。