トリュフチョコレート
今日はなんだか、ナツが不機嫌だ。
丸く形を整えたチョコレートに、ココアパウダーをまぶしながら、アキは思う。テーブルの向こう側では、ナツが、今にも噛み付きそうな形相でアキを睨んでいる。これだけ甘いものばかり食べているのだから、噛まれたら甘い味がするのかな、などと下らないことを一瞬思ったが、そんな冗談を言っても笑ってくれそうにもないくらい、不機嫌だ。
どうしたのだろう。首を傾げつつ、それなりに上手く作れたと思うトリュフチョコレートを指して、問いかける。
「チョコ、味見してみる?」
「いい」
すげなく断られてしまった。普段なら、自分から「味見したい」と言い出すナツが、アキの作ったチョコレートを食べようとしないのは、明らかに、おかしい。
どうしてしまったのだろう。自分は、そんなにナツの機嫌を損ねることをしてしまっただろうか。そんな風に考えてもみたが、全く原因が思い当たらない。その間にも、どんどんナツの頬が膨れていく。
しばらくは、気のせいだと思うことで現実から目を逸らしていたが、結局は睨まれているのにも耐え切れず、恐る恐る問うた。
「……ねえ、ナツ。どうして、そんなに怖い顔してるの?」
すると、ナツはさらに眉を寄せて、低い声で言った。
「アキさんは、乙女心がわかってないよ」
「は?」
そりゃあ男なんだから乙女心なんてわかるはずがない、と言いたくもなったが、ナツの次の言葉を聞いて、やっと腑に落ちた。
「そんなにおいしそうなチョコ作られちゃったら、わたし、どんなチョコ用意しても敵わないじゃん」
「ああ、そんなこと、気にしてたのか。別に、俺は気にしないのに」
「わたしが気にするの! 今日はバレンタイン・デーなのに、これじゃあ、いつもとなんにも変わらないよ」
更に頬を膨らませて、ナツが抗議する。だから、アキは、そんなナツの頬を軽くつついた。やわらかい頬は、マシュマロのような手触りがした。
「ナツが用意してくれたチョコだもん、おいしくないはずはないでしょ」
唸ったナツはまだ納得できていないようで、目の前に並んだトリュフチョコレートを睨んでいる。それでも、やっと顔を上げて、真っ直ぐにアキを見上げた。
「チョコ、もらって、くれる?」
「俺が『ください』って言いたいくらいだよ」
率直な気持ちを篭めた言葉に、ナツもやっと安心したようで、アキにとっては酷く久しぶりとも思える笑顔を見せた。やはり、ナツは笑っていたほうがいい。ナツの笑顔は、どんな甘味よりも、アキの心を浮き立たせてくれるものだから。
ナツは、後ろ手に持っていたちいさな箱を両手で持ち直し、アキに向かって手を伸ばす。アキは、そんなナツの手を包み込むようにして、その箱を受け取った。ピンクとブラウンを基調にした包装に、レースのリボン。ナツらしい、かわいらしい箱だ。
「ありがとう、ナツ。嬉しいよ」
一体、どんなチョコレートを用意してくれたのだろう。アキが想像をめぐらせる一方、ナツは、しばらくもじもじと上目遣いにアキの表情を伺っていたが、やがて、いつも通りにこう言った。
「ねえ、アキさんの作ったチョコレート、味見していい?」
全く、今までの不機嫌さは何だったのか。そのおかしさに笑みを零しつつ、アキは大きく頷いた。
「もちろん」