シュークリーム
「おかえりなさい、アキさん……、アキさん?」
玄関の扉を開けるなり、アキはナツの体を抱きしめていた。
言葉もなく、ただ、両腕でナツの存在を確かめる。そうすることで、何とか、自分をこの場所にとどめるように。
「……何か、あったの?」
その問いには、答えられなかった。口を開けば、体の中に詰まったどろどろとした感情が、言葉となって飛び出して、ナツを傷つけてしまいそうだったから。
だから、こくりと小さく頷いて、あとは、ナツに体重を預けるだけ。
ナツは、最初こそどうすればよいのかわからなかったのか、手を虚空に彷徨わせていたが、やがて、そっと、アキの背をさすった。指先から、いたわりの感情が伝わってくる。
「お仕事、大変だったんだね」
一つ、頷く。
ナツだって仕事をしているし、仕事である以上、決して楽しいことばかりではないはずだ。だから、なるべく、仕事による疲れや気分の悪さはナツには見せないようにと思っている。
けれど、時々、どうしようもなくなることがある。格好悪いし、ナツにも悪い。そう思いながらも、ナツの体を抱きしめる腕に、力を篭めずにはいられない。
ナツの温もりを感じることで、少しずつ、少しずつではあるけれど、体の内側のどろどろも収まっていく。ナツと出会う前までは、この感情をどうあしらってきていただろうか、と考えてみたが、すぐには思い出せなかった。
とにかく、今のアキには、どうしてもナツの存在が必要だった。
そんなアキを、ナツはあたたかく細い両腕で包み込む。ちいさな子供をあやすように、耳元で、ゆっくりと語りかけてくる。
「今日ね、おいしい、シュークリームを買ってきたの。ゆっくり休んで、それから、二人で食べよう」
アキは、もう一つ、小さく頷いて。
「ごめん、ナツ」
やっと、それだけは言えた。
ナツは、にっこりして、それからアキの癖の強い髪に指を通した。
「いいの。アキさんに頼ってもらえるってだけで、嬉しいんだから」