ジェリービーンズ
「わ、どうしたの、これ?」
ちいさな皿の上に落とした色とりどりの粒を見つめて、ナツが首を傾げる。
アキは、そんなナツに、一つの袋を差し出した。袋の表面には、いやに派手な文字と色とりどりの粒が描かれていた。
「ジェリービーンズ。友達が、土産にって渡してきたんだけど、どうにも、食べる気が起きなくてね」
「アキさんが、そんなこと言うのは珍しいね」
菓子と名のつくものを、ナツ以上に愛してやまないアキだ。もちろん、おいしい方がいい、とは思っているものの、与えられた菓子を食べる前に文句をつけたことはほとんどない。そのアキが、菓子を前にして、手を出すことなく苦い顔をしているのは、ナツから見ても不思議だったのかもしれない。
とはいえ、アキとて、菓子なら何でもいい、というわけではないのだ。
「……だって、ねえ」
ほら、と袋を裏返す。そこには、袋の中に入っているビーンズの一覧が載せられていた。その横に書いてある文字は英語だったから、英語が苦手なナツは眉を顰めたけれど、よくよく見れば難しいものではないとわかったのだろう。ひとつひとつ、指でアルファベットを追って、「げっ」と声を上げた。
「何これ。腐った卵味?」
「そう。それでこっちは、スカンク味」
「食べ物の味じゃないよ、それ」
ナツはげんなりした様子で、袋をアキに押し付ける。
「でも、こんなお菓子どうするの?」
「んー、まあ、同僚とか後輩を適当に言いくるめて食わせるよ」
今日もくるくる巻いてしまっている髪に指を通しながら、アキは苦笑混じりに言う。何だかんだでノリだけはいい仕事仲間だ。ぎゃあぎゃあ言いながらも、きっと平らげてくれるに違いない。
中でも、「何ですかこれ、ひどいですよっ」とすごい顔をする後輩の顔を思い描いてみると、自然と口の端に笑みが浮かぶ。それを見て、ナツはぷぅと頬を膨らませてみせた。
「アキさん、いつも後輩ちゃんをからかって遊んでるみたいだけど、そんなに女の子をいじめちゃだめなんだから」
「まあ、ナツがそう言うなら、今回は容赦してやるか」
――あれ?
言葉に出してみて、微かな違和感を覚える。自分の名前を呼ぶ、後輩の声。そう、仕事場でいつも顔を合わせている後輩が、自分にはいる。それは間違いのない話だ。
けれど、それを、ナツは知っていただろうか。自分は、今まで、ナツに後輩の話をしたことがあっただろうか。後輩が、からかいがいのある子犬みたいな娘であると、言ったことがあっただろうか。
ぽつり、と生まれた違和感は、言葉にできない不快感となって胸の中に焦げ付く。
だが、そんなアキの異変に気づいた様子もないナツは、皿の上にいくつか転がっているジェリービーンズを、大きな黒い目で覗き込んでいる。
「こっちは、食べるの?」
「これは、俺が買ってきた、普通の味のやつ。多分、普通」
「多分、っていうのが不安なんだけどな」
ナツの渋い顔が面白くて、アキはつい吹き出してしまう。その瞬間に、胸に引っかかっていた感覚も、溶けて消えた。
「いらないなら俺が全部食べるけど」
「んー、折角だから、一個ちょうだい」
アキは一つ、皿の上から真っ赤な粒を拾い上げて、ナツの口元に持っていく。ナツは、恐る恐るといった様子で口を開けて、ぱくりと赤い粒を口に含んだ。それから、しばらくもぐもぐと咀嚼して、ほっとした表情で言った。
「よかった、ラズベリーだよ、ほら」
顔を近づけて、そっと、唇を重ねる。
その口付けは、確かにラズベリーの甘酸っぱい香りがした。