「おかえり」の魔法
「ねえ、アキさん? 起きてるかな。
わたしね、時々、考えちゃうんだ。アキさんが、どうしてわたしと一緒にいてくれるのかな、って。
アキさんは、いつだってわたしの側にいてくれて、わたしの大好きなものを作ってくれて、一緒におしゃべりをしてくれて、わたしが寂しい時にはぎゅってしてくれる。こんな素敵な人に巡りあえたことが、奇跡みたいだな、っていつも思ってる。
でも……、ううん、『だから』、なのかな。
これは、わたしが見てる長い長い夢で、ふっと目を覚ましたら、アキさんはどこにもいないんじゃないか、って。思っちゃうことが、あるの。
うん、わかってるよ。わたし、今、アキさんの温かさを感じてるもの。アキさんはここにいる。確かにここにいるって、わかってるよ。
だけど、なんだろうな。上手く言えないんだけど、アキさんを見てるとね、わたし、アキさんのために何ができてるんだろうな、って思っちゃうことがあるの。
だって、わたし、アキさんみたいに料理は上手くないし、お菓子作りだって全然ダメ。いつもお仕事で大変そうなアキさんのためにも、何か頑張ってみよう、って思っても、いつも結局助けてもらっちゃってる。これじゃあダメだな、って思ってるんだけど、上手くいかないの。
アキさんは、そのたびに優しく笑って、それでもいいんだよ、って言ってくれる。いてくれるだけでいいんだよ、って言ってくれるよね。
わたし、すごく嬉しい。嬉しいけど、ほんの少しだけ、胸がきゅって痛くなるの。
どうしてだろう。どうしてだろうなあ。
……なんだか、ごめんね。今、アキさんにぎゅってしてもらって、こんなに幸せな気分なのに、こんな話してごめんね。
でもね、アキさん。一つだけ、どうしてもアキさんに言いたいことがあるの。
わたし、どうしようもなくドジでおっちょこちょいで、これからも、アキさんに迷惑ばかりかけちゃうと思う。だから、わたしにできることを、ずっと、ずっと考えてて。やっと、答えを見つけたような気がしたんだ。
――どんな時も、笑顔で『おかえりなさい』ってアキさんを迎えてあげようって。
わたし、アキさんのために何もできないかもしれないけど、元気なことだけが取り得だから。
アキさんが、本当に辛くて苦しくて、笑うことも忘れちゃうような時でも、ここに帰ってきた瞬間だけは、辛かったことをさっぱり忘れられるように、わたしは笑って『おかえりなさい』って言うよ。それから、すっきりして、もう一度明るい朝を迎えられるように、いっぱいお話ししよう。楽しいことも、辛いことも、いっぱい、いっぱい。
そうしたら、今度は笑って『いってらっしゃい』って言うの。
うん、わたしにとっては、当たり前のことなんだけどね。でも、きちんと、言っておきたかったの。それが、きっと、わたしがアキさんのためにできる、一番大切なことだと思ったから。
ありがとう、アキさん。わたし、今、とっても幸せだよ。これ以上は何もいらないって思うよ。あ、でもでも、アキさんが作ってくれるお菓子は楽しみなんだから。また、いっぱい作ってね。
えへへ、太らないように気をつけないとね。アキさんは羨ましいなあ、あんなに食べても、全然太らないんだもん。
ん、大丈夫。わたしは大丈夫だよ、もう元気になったから。明日は笑顔でおはようしようね。
わたしの話、聞いてくれてありがとう、アキさん。
それじゃあ、おやすみなさい」