少年と少女と約束
セイルは、スノウが座る寝台の横に置かれた椅子に腰掛けた。
スノウが「長い話になる」と言ったからだ。
具合が落ち着いたばかりのスノウに無理をさせてはいけないという思いもあったけれど、一度「話す」と言い出したスノウを止める気には、なれなかった。自分が聞きたいという思いもあったが、それ以上にスノウの青い瞳に宿った光がそのまま、スノウの強い意志を表しているように見えたから。
その意志を折ることなんて、セイルには出来ない。
「……ライラから、聞いたかな。わたし、神殿の人からは『知恵の姫巫女』って呼ばれてるの」
セイルが頷くと、スノウは『知恵の姫巫女』がどのようなものか知っているか、と問うた。セイルは必死に頭の中の記憶を探りながら、言う。
「女神様に選ばれた人だってことは知ってるけど、どういう人なのかは知らないや」
「『知恵の姫巫女』っていうのはね、女神様の教えを正しく記録する人のこと。女神様の御言葉を一言一句違えずに記憶したり、女神様を讃える歌を歌ったり、楽園の正しい歴史を覚えたりするの」
勉強がさほど好きではないセイルは、考えただけで眩暈がしそうだった。きっとそれは、学校の勉強よりもずっと厳しいに違いない。何しろ、女神様から直々にその役目を与えられるのだ、責任も重いはずだ。
「何か、すごいお仕事なんだね」
セイルがそう言うと、スノウもほんの少しだけ笑って「きっと、誰にでも出来ることじゃないと思う」と言った。
「歴代の『知恵の姫巫女』は、とても頭が良い人たちだったって聞いてる。わたしは別に頭が良いってわけじゃないけど、一つだけ取り得があったの」
スノウは、細い指を膝にかけた布団の上でそっと組む。俯いた彼女の瞼は少しだけ腫れていたけれど、それでもまるで人形のような横顔だとセイルは思う。
「わたしは、生まれつき目で見たこと、耳で聞いたことを忘れないの。忘れることが出来ない、と言ってもいいかな」
セイルは「えっ」と声を出して、それきり二の句が告げなくなった。スノウは淡々と言葉を続ける。
「女神様も、わたしのこの能力に気づいておられたの。それでわたしが神殿に拾われて間もない頃に、大きくなったら『知恵の姫巫女』になるように、って仰られたわ」
セイルは女神ユーリスを見たことが無い。成人の儀の時には女神ユーリスの元に行き洗礼を受けると聞くが、それ以外の場で女神にお目にかかることはまず出来ないと考えていい。神殿に仕えている者ですら、普段から女神に近寄ることは出来ないのだから当然ともいえよう。
それ故に、どれだけスノウが特別な存在なのか、何となくではあるがセイルにも理解できてきた。
「『知恵の姫巫女』っていうのは、色々なことを覚えなきゃいけなくて……その中には、普通の人は知っちゃいけないことなんかも、含まれてる。でも、それは後の世に引き継がれなくてはいけないことでもあって」
スノウはぱっとセイルを見た。その瞳に宿った強い光が、セイルを射る。
「だからね、わたし、今まで神殿の外に出たことが無かったの。知ってるのは、神殿の人たちが教えてくれたこと、大図書館の本に書いてあること、それに」
あの人が見て、聞いたこと。
スノウはぽつりと付け加えた。
「セイルが『ブラン』って呼んだあの人には不思議な力があって……あの人は、わたしの記憶を見ることが出来て、同時にわたしに自分の記憶を見せることも出来るの」
どんなに離れていても、繋がっている。
そう呟いたスノウの言葉を、セイルはすぐには飲み込むことが出来なかった。記憶を見せ合うことが出来るなんて普通に考えればありえないとも思ったが、同時にこれならばスノウとブランの言動のつじつまが合うとも思った。
セイルの沈黙をスノウがどう捉えたのか、「セイルは、変なこと言ってると思うかな」と首を傾げた。だから、セイルは首を横に振る。
「そんなことない。スノウがそう言うなら、それが本当なんだと思う」
実際に可能か、不可能か。そんなことは、セイルにわかるはずもない。ただ、スノウの言葉を疑うという選択肢はセイルの脳裏に浮かばなかった。真っ直ぐにスノウを見つめ返すと、しばらくスノウは目をぱちぱちさせていたが、やがて柔らかく微笑んで「ありがと」と言った。
セイルも笑みを返したけれど、すぐに眉を寄せて問いかける。
「でも、神殿から出られないなんて、辛くなかったの?」
「ううん。これが自分に与えられた役目で名誉あることだったし、神殿の人たちはみんなわたしに優しかったから。すごく辛いって思ったことは無かった……けど。だけどね」
スノウは青い瞳を伏せる。何か、言いづらいことを言おうとしているのか、淡い色をした唇を開きかけ、閉じる。それを、何度か繰り返してから、スノウは意を決したように言った。
「もうすぐ何もかもが終わっちゃうんだ、って思うと、楽しいはずのことも、楽しくなくなっちゃう。幸せなことも、幸せだって思えなくなっちゃったの」
「……どういう、こと?」
セイルは、スノウの言っている意味がわからなかった。一体、何を指して「何もかもが終わる」と言っているのか。全く、想像も出来なかったのだ。スノウはもう一度、言葉を紡ぐことを躊躇うような素振りを見せたが、唇に寂しげな笑みを見せて、ぽつりと、言った。
「わたし、もうすぐ死んじゃうの」
「え……?」
――死んじゃうの。
その言葉が、セイルの頭の中に重く、重く、響き渡った。
セイルは、死という言葉を知っていたし、死がどういうものかも理解しているつもりだ。ただ、今まで人の死を実際に感じたことはほとんどなかった。それが、身近な人物の死であるというなら尚更だ。
「死ぬって、スノウが?」
反射的に言葉を放っておいて、何故自分はこんな馬鹿なことを聞いてしまったのだろうと後悔する。今、スノウが言ったばかりではないか。
だが、セイルはどうしても信じられなかったのだ。
今、目の前にいるこの少女が、死んでしまうということが。死ぬということは、世界樹に還るということ。それは楽園の摂理ではあるが……避けがたい絶対の別れであるということくらいは、セイルにだって理解できた。
それが、セイルにとって酷く「悲しい」ことだということも。
スノウは、セイルの言葉を笑うことなく、一言一言をはっきりと言葉にしていく。
「うん。すごく難しい病気が、ゆっくり、ゆっくり、わたしの体を蝕んでるの。多分ね、もう一年も生きてられないと思う」
一年。それはスノウにとってはあまりにも短い時間だとセイルも思う。自分があと一年しか生きられないと知ったら、自分はどうするだろうか――考えようにも考えられない。
「薬とか、魔法とか……何か、治す方法は無いの?」
セイルは必死に問う。だが、スノウはゆっくりと、諦めの表情で首を横に振った。
「お医者様はどうしてわたしの体が悪いのかもわからないみたいだった。ブランに言わせると、『楽園には、その病を治す手段は無い』って」
「だけど、どうして、どうしてスノウが!」
違う、こんなことを聞いても仕方ない。セイルは思う。「どうして」なんて知っても自分にはどうすることも出来ない。ただ、聞かずにはいられなかったのだ。それはあまりにも悲しくて、あまりにも不条理だったから。
スノウは小さく「わからないよ」と呟いた。そこには怒りも悲しみも無かった。表情を失ったスノウの唇が、まるで別の生き物のように小さく動いた、それだけだった。
「スノウ……」
セイルは俯いた。膝の上でぎゅっと拳を作る。何を言ってもスノウを傷つけてしまいそうだったが、セイルは手に力を込めて、スノウの視線を受け止める。
「それでも! 諦めちゃダメだ、絶対にスノウが助かる方法があるはずなんだ! そんな奇跡があるはずなんだ!」
奇跡は、起きるものじゃない。
そう言ったのは、誰だっただろう。セイルの記憶の片隅に、小さく囁く声がある。自分と同じ少年のようでいて、やけに大人びた響きの声。それが誰の声なのか思い出せないまま、セイルはその声を自分の言葉でスノウに伝える。
「奇跡は起きるものじゃない。奇跡を起こしたいって願って、そのために頑張って、その結果が初めて奇跡になるんだ。だから、諦めちゃダメだよ、スノウ!」
「セイル」
スノウは、セイルの瞳を見つめて、きゅっと自らの胸を押さえた。苦しさを耐えているのだろうか……セイルがそう思った時、スノウの表情が変わった。
今までの、何処か空虚な表情から、全てを話すと宣言したあの瞬間の表情に。誰よりも純粋で強い意志を秘めた瞳が、人形のような白い肌の中で青く輝く。
「わたしも、どうしても諦めたくなかったの。神殿の中で大人しくしてれば、少しは長く生きていられるかもしれない。けれど、それじゃダメなの。わたしはもっともっと生きたい。セイルが夢を語ってくれたように、わたしだって夢が、幸せが欲しかった。だから」
スノウは笑顔すら浮かべてきっぱりと言い切った。
「とびきり素敵な奇跡を起こすために、ここに来たの」
とびきり素敵な奇跡。
その言葉が、セイルの胸にぽっと温かな炎となって灯ったような、気がした。セイルは身を乗り出すようにして、スノウに言葉を投げかける。
「でも、どうしてここに?」
「セイルは青色薔薇のお話を知ってる? 聖女ライラと、魔王イリヤのお話」
「うん。聖女ライラが、この町で死んでいった魔王のために手向けた奇跡の花が、青色の薔薇だって……」
楽園には青い薔薇など存在しない。それは聖女が魔王のために流した涙が奇跡の薔薇として咲いたものだと聞いたことがある。だから町にはライラ祭のたびに作り物の青い薔薇が無数に飾られる、そのはずだ。
だが、スノウは「それは、神殿の作り話」と首を横に振ってみせた。
「聖女は、青い薔薇を咲かせてなんていない。青い薔薇を咲かせたのは、他でもない魔王イリヤ。花を愛し、人を愛し、全てを愛した魔王が咲かせた、『この世ならざる』薔薇だったのよ」
そう言って、スノウが語りだした物語は、セイルを驚かせた。
主人公は聖槍を持つ聖女ライラと、銀の蝶を操る魔王イリヤ。誰もが知っている、楽園の伝説だ。しかしスノウが語った物語は、セイルが知っている物語とは全く違った。
楽園と異なる世界から呼び出した存在、『悪魔』を操る魔王イリヤは、楽園に破壊と混乱をもたらした。それは事実だが、何もイリヤは悪意から楽園を混乱させたのではない。単に、イリヤは異界の存在であり、自分とは違うものである『悪魔』と友達になりたいと思っただけだった。
イリヤには、異界と楽園を繋ぐ力があった。それは、どんなに優秀な魔道士でも不可能なことだったが、彼はいとも簡単に世界を渡り、また世界を繋いで異界の存在を呼び出すことが出来た。生まれつきそういう「力」の持ち主だったのだ、とスノウは言った。
だが、イリヤは異界から現れた『悪魔』を御することが出来ず、やがて楽園は『悪魔』によって蹂躙され始めた。
それを悲しんだイリヤは、『悪魔』たちの暴走を止めに来た聖女ライラに、自分を殺して欲しいと頼んだ。自分が死ねば、異界の扉は閉じる。そして『悪魔』はこれ以上楽園にはやってこないだろうから、と。
聖女ライラはイリヤの頼みを受け入れ、手にした槍で貫いた。
イリヤは微笑みを浮かべながら、扉の周りに咲き乱れる異界に咲くという花、『青い薔薇』の花畑に倒れ……息を引き取った。
そうしてイリヤによって開かれた扉は閉ざされ、『悪魔』たちは倒されて楽園から消えた。
だが、今でも、時折イリヤの使いである銀色の蝶がこの町を飛ぶ。それは、聖ライラ祭の時にのみ見られることがあるのだという。
「これが、魔王イリヤのお話」
「別に、魔王は本当に悪い奴じゃなかったんだ……これじゃあ、聖女様の方が悪役みたいだよ」
「そう。だから、これは秘密のお話。『知恵の姫巫女』だけに伝えられる、楽園の真実」
――それで、この物語を聞いた時、頭の中に一つの考えが浮かんだの。
そう言って、スノウはそっと瞼を閉じる。
「もしかすると、『ここではないどこか』なら、わたしは死ななくても済むんじゃないか、って」
「え……」
「ブランは、『楽園には、その病を治す手段は無い』って言った。なら、楽園の外に出ればいいんじゃないかな。銀色の蝶は確かに飛んでる、城の中には未だに青い薔薇が咲いてるって伝説もある。もしかすると、あの城の奥には」
言って、スノウは視線を窓の外に向ける。青い薔薇咲く町の向こうに見えるのは、かつての魔王イリヤの居城。この町の住人ですらその奥に足を踏み入れることを許されない、遠き日の忘れ物に――
「まだ、異界の扉が開いてるかもしれない」
スノウは熱っぽい口調で、そう言った。
「もちろんそんなもの無いかもしれない。もし他の世界に行けても、何も変わらないかもしれない。色々考えたよ、でも……何もしないよりはいいって思って神殿を抜け出しちゃったの」
そこに言葉が辿り着いた瞬間に、熱っぽかったスノウの表情があからさまに沈んだ。
「そんなわたしのわがままに、皆を巻き込んじゃった。ブランを誘拐犯にしちゃったし、ライラや神殿の人も心配させてる。それに、見ず知らずのセイルにも迷惑かけちゃった」
「それは違うよ。迷惑なんかじゃない」
「セイル?」
スノウが不意に顔を上げた。セイルはその青い瞳を見つめる。吸い込まれそうな、まるで海の色を溶かし込んだ硝子球のような瞳。その瞳が涙で潤んでいることは、セイルにもわかった。
だから、セイルはにっと笑う。何もスノウを元気付けるために無理やり笑ったのではない。心からの思いを伝えようとしたら、自然と笑みになっていたのだ。
「俺、スノウに会えて嬉しい。色々びっくりはしたけど、その……すごく楽しいんだ。スノウは不思議で、俺の知らないことをいっぱい知ってて、それで俺にはわからないことをいっぱい考えて、寂しそうな顔をすることもあるけど、笑った顔がすごく綺麗でさ」
ああ、そうか。
言いながら、何かがすとんと胸の中に落ちた。この不思議な思いに、名前をつけるならばどんな名前か、セイルにはずっとわからなかったけれど。今この瞬間に、一番しっくり来る名前を見つけた気がした。
「俺……スノウのこと、好きなんだ」
それは、胸の中に灯った明かりの名前。
「だから、俺はスノウのこと応援したい。確かに、難しいことかもしれないけど、俺はスノウならとびきりの奇跡が起こせるって信じてる。信じたいんだ」
だって、スノウはあんなに素敵に笑えるんだ。
その笑顔が消えてしまうなんて、考えられない。
スノウは、呆然とセイルを見つめ、突然くしゃりと顔を歪めた。その瞬間に、今まで瞳の中に留まっていた涙がぽろぽろと零れ落ちた。セイルがぎょっとしていると、やがてスノウはぎゅっと掛け布団を握り締めて、わあっと声を上げて泣き始めた。
「スノウ? 大丈夫?」
慌ててスノウの肩を叩くセイルだったが、スノウは泣き止まない。しばらく声を殺すことも忘れたかのように大声で泣いていたスノウだったが、そこに聞き取りづらい言葉が混ざった。
「ほんとは、ほんとはね」
まるで知らない場所で迷子になってしまった小さな子供のように、スノウはセイルにすがりつく。
「怖いの。すごく怖い。ブランと一緒に神殿を出た時には何も怖くなかった。なのに、今になってどうして」
セイルは、呆然としてスノウを見下ろしていたけれど、何となく、今ならばスノウの気持ちがわかるような気がした。セイルの腕を掴むスノウの指先から、スノウの鼓動が、思いが波のように伝わってきたから。
「死にたくない。死にたくないから、楽園から遠く離れた場所に行こうって決めたの。行くことを迷ったことなんてなかった。
でも、神殿を出て、セイルに会って、わかったの。わたし、この世界のことも何も知らない。自分で見て、聞いて、感じることで初めてわかることばかりだって、気づいたの。セイルと一緒にいるのが幸せだって、気づいちゃったの」
「スノウ……」
「行きたくないよ、もっとここで生きたいよ。セイルとせっかく出会えたのに、別れるなんて嫌だよ……!」
きっと。きっと、だけれども。
スノウは、初めて「寂しさ」に気づいたのだ。別れは寂しい。独りきりは寂しい。それは、別れを目の前にしなければわからない感情だ。セイルだって、スノウの不安や恐怖をそのまま感じることは出来ない。少しでも、それを分け与えてもらえるならば、スノウの心にわだかまる思いを晴らすことが出来るのに。
今の自分に出来ることは、このくらいだ。
セイルは唇を引き締めて……スノウの手を、握り締める。
「じゃあ、約束しようよ」
「え……」
「スノウは元気になって戻ってくる。それで、俺は待ってる。絶対に待ってるから」
ここで。この、楽園で。
セイルは胸を張って、そう言った。
――そんな約束、できないよ。
スノウが涙を拭きながら小さく呟く。それはそうだ、セイルの言葉は何一つとして確かじゃない。セイルだってそのくらいはわかっている。
「でも、約束すれば、ここで繋がってられるじゃん」
セイルは、己の胸とスノウの胸を指してみせた。スノウは、きょとんとした表情でセイルを見る。涙で濡れた瞳をぱちぱちとさせるスノウに、セイルは「それにさ」と笑いかける。
「スノウも、俺も、こんなに強く信じてるんだ、叶わないはずない。人が考えることで、叶わないものは何一つ無いって言ってたもん」
「それも、お父さんの受け売り?」
「ううん、これはシェル・B・ウェイヴだったと思う」
シェル・B・ウェイヴ。楽園で初めて空を飛んだ男で、セイルをはじめとした空を愛する少年が夢見ずにはいられない人物だ。そういえば、「奇跡は、起きるものじゃない」という言葉もシェルの言葉だったはずだ。
スノウはそれを聞いて、泣き顔はそのままだったけれど、くすくすと楽しそうに笑った。
「本当に夢を叶えた人だね。心強いかも」
「だろ? だから、二人で信じれば、叶わないことなんてない」
根拠なんて無い。けれど、「信じる」というのはそういうことだ。己の心が求めるままに、セイルはスノウの無事を信じる。スノウが己の意志を貫き通すことを、信じるのだ。
スノウは、セイルの手を強く握り返して、微笑む。
もう、スノウも泣いてはいなかった。
「――うん。それじゃ、約束」
スノウはそっと、手を握ってない方の手の小指を出した。セイルはその意味がわからなくて、首を傾げる。
「ブランが教えてくれたの。『指切り』っていう、約束をするときのおまじない」
「どうやるの?」
「こうやって、同じように小指を出して」
言われるがまま、細いスノウの指に、自分の指を絡める。変わったおまじないだね、とセイルが言うと、スノウは小さく頷いた。スノウもブランから聞くまで見たことも聞いたことも無かったのだという。ブランによれば、北の国の、ほんの一部の人の間で伝えられているらしい。
結んだ指を振って、スノウは言う。
「わたしは、絶対に戻ってくるから」
「俺は、絶対に待ってるから」
「約束だよ」
「……うん、約束!」
指が、離れる。
こんなおまじないだけで、約束が果たせるかどうかはセイルにも、そして多分スノウにもわからない。わかるはずもない。
それでもセイルとスノウは笑うのだ。
確かに、二人で同じ未来を夢見て――