騎士と部下

 ライラは、神妙な表情で目の前に横たわり、呻き声を立てる隊員たちを見つめる。
 ギーゼルヘーアから『知恵の姫巫女』スノウ奪還の指令を受け、リベルに渡ったその日から、ライラの名の由来でもある聖女ライラを祭る聖ライラ祭に沸く街を、選ばれし騎士たちは昼夜問わず駆けた。
 そして、隊員の一人が、スノウを連れて逃げた男と思しき黒衣の男を発見したと言い出した……そこまでは、よかったのだ。ライラの指揮に従い、隊員たちは男を街のはずれにまで追い詰めて捕らえようとした。
 その結果が、これだ。
 実際に捕縛に参加しなかったライラ以外の全ての隊員が深い傷を負って、リベルの神殿に運び込まれたのだ。唯一の救いは、その傷が命を奪うようなものではなかったことだ。
 否、それは相手に「命を奪う意図がなかった」からだ。
 神殿の医師と共に彼らの傷を診たライラはそう断じた。
 隊員たちの体にはいくつもの傷が残されていたが、その全てが急所を綺麗に外していた。ただ、彼らの戦う力を奪うためだけにつけられた傷だ。しかも、ユーリスの騎士を相手取りながら、たった一人でこの状況を生み出したのだ。
 ――相当の手達だ。
 ライラは軽く唇を噛む。相手を確実に殺すために武器を振るうのは当然難しいことだが、相手を確実に「生かす」ために傷つけるのは、それ以上に難しい。どのような武器も、本来は相手の命をやすやすと奪い去ることができるはずなのだから。
 そう、この男が扱う武器など、最も「人殺し」に適した武器ではないか。
 今は包帯を巻かれ、治癒の魔法を施されている隊員たちを見渡して、ライラは表情を引き締める。いくら治癒の術が効こうとも、すぐに動けるようにはならないはずだ。その間は、自分一人でも男を追い、スノウの居場所を掴む必要がある。
 一刻も早く、スノウを助けなければならないのだ。例え無事でいようとも、時間は無慈悲に過ぎていくものだから。
 かろうじて、腕を壊されただけで済んだ若い隊員が、ライラを見上げて不安げな声を立てる。
「一人で行く気ですか?」
「当然です。あの男がまだこの街にいるとわかっただけでも幸いでした。あの男には、どうしてもスノウ様の居場所を吐かせる必要があります。それに」
 ライラは飴色の目で、隊員の痛々しく吊られた腕を見やる。
「例え奴がスノウ様誘拐の犯人でなかろうと、我々が排除すべき『敵』であるのは確かですから」
「……そう、ですね」
 隊員も眉を寄せてライラの言葉に低い声で応えた。右腕の篭手を確かめ、ライラは少しだけ唇を笑みの形に歪ませる。
「無茶はしませんよ。ただ、増員が来るまでは私が足止めしなくてはなりません。隊長から任された以上、失敗は許されませんから」
 隊長、ギーゼルヘーアには既に事情を話して増員を要請している。ただ、現在はセンツリーズの本殿も聖ライラ祭の真っ最中で、炎刃部隊の隊員のほとんどはそちらの守備についている。そのため、即座に人員を回すことは難しいとギーゼルヘーアは苦々しく言い放った。
 ギーゼルヘーアとしても、まさかスノウ誘拐の容疑者がそこまでの実力者とは思いもしなかったのだろう。どのような時にも気だるそうな態度を崩そうとしない彼には珍しく、通信石越しの声には何かを噛み締めるような響きが滲んでいたとライラは思い出す。
 もはや、今、頼れるのは自分の力のみ。
 ライラはぎゅっと篭手を嵌めた右手を握り締め……その感覚を確かめる。
 恐怖が無いと言えば嘘になる。ここに集めたのは炎刃部隊でも精鋭と呼ばれている者たちだ。それを一人で軽くあしらってみせるような相手に、師から未熟だと笑われてばかりの自分が太刀打ちできるだろうか。
 だが、考えていても何にもならない。
 立ち止まるくらいならば、歩き出せ。
 記憶の中に焼きついた「友達」の笑顔のために、ライラは神殿を後にした。
 金の髪を北からの風に靡かせ……青い紙ふぶきが散る街へと歩みを進める。その背中を見つめるのは銀色の蝶だったが、ライラがそれに気づくことは無かった。