「ああ、加藤さん、どうでした?」
「 『異能府』はあなたの処遇を変更しました」
「どんな風に?」
「一年間、時間跳躍の傾向が見られなかったため、第二級『空間跳躍異能』への対処、生命活動停止までの監視に移行、ということです」
「……監視、ですか。加藤さんも?」
「そうですね。私もその任務には加わるつもりでいます」
「じゃあ、一つだけお願いがあるのですが」
「何です?」
「加藤さんのコネで、何か面白い仕事斡旋してくれません?」
わかってますよ、と秋谷は思う。
加藤は、まだ秋谷の中で全部割り切れていないことも、傷が癒えていないことも理解している。思えば、今回のプロットを見せた時にも難色を示していた。「早すぎないか」と無表情に言った加藤は、多分心配してくれていたのだろう。
それでも、いつかは語らなくては気が済まないことだった。
当時は笑われるばかりで、口を閉ざすことを選んでいたけれど。
いつか、それが「虚構」という形であろうとも、この世界に生きる影の存在を知らしめてやりたいと思っていた。
きっと口を閉ざし続けざるを得なかったことが悔しかったからだろう、と今になって思い至り、昔からさっぱり変わっていない自分に笑えてくる。
そしていつか見た、『世界の終わり』を描く。
別に、描いてどうするというわけではない。ただ、伝えたかったのだ。
『世界の終わり』は、思いだしたくないほど空虚で、孤独で、
だけど、確かに美しかったのだ、と。
本末転倒かなと苦笑して秋谷はカーソルを動かす。ディスプレイの中の原稿用紙は相変わらず白い部分の方が多い。
〆切はとっくに過ぎている。いつもそうで、そんな時にはいつもこう思う。
「時を自由に越えたいな、っと」
現実に生きる『ストーリオ』の呟きはもう何処にも……彼の大嫌いな神様にも届かなくて、秋谷はほんの少しだけ、安心した。
だからと言って原稿がそう簡単に進むわけではなく。
結局秋谷がホテルの密室から解放されたのは、それから五日後のことだったという。
彼が見た『世界の終わり』は、まだ当分先の話。
喜劇『世界の終わり』